LOGIN執政官のアステリオンに連れられて城内を歩く。玉座の間を出てから廊下を右に曲がり、階段を昇った先に城仕えの役人達が住む居住区が備えられている。
かつて自分が騎士団長としてのロールをこなしていた時期に何度も来た場所だが、100年の月日の変化が感じられる。当時とは比較にならないほど快適になっていた。居住区の一番奥の豪華な一室がカーズ時代に与えられたものだった。
「ここです。鍵はこれを。では準備が整いましたら迎えを寄こしますので」
カードキーを手渡され、恭しくお辞儀をするとアステリオンは来た道を引き返して行った。当時は普通の鍵だったのが進歩したものである。手にしたカードキーを扉にかざすと両開きの扉が自動的に開いた。
中に入ると、自室は当時のまま残されていた。壁には鎧姿のカーズの勇ましい自画像。棚にはカシューから受勲した数々の勲章が所狭しと飾られている。
「ここはしばらく来てなかったけど、何だか懐かしく感じるな」
とりあえず謁見で無駄に疲れたので、巨大なベッドにダイヴしようかと思ったが、今の自分は返り血などで装備が酷く汚れている。飛び込みたい気持ちを抑えながら、まずはなんとなく催して来たのでトイレに向かう。今のこの状況が現実ならば、ログアウトして自宅のトイレに行くこともできない。覚悟を決めてトイレに入り、スカートをたくし上げて洋式の便器に座り、下着を降ろした。
「我慢がまんガマン……」
普段とは違う感覚で小便が流れて行く。なんてことだろうか、これからはこの身体と現実的に向き合わなくてはならなくなってしまったのかもしれない。何とかしてログアウトする方法を見つけなくてはならないという思いが一層強くなった。と同時に自分の身体とはいえ何とも言えない罪悪感が駆け巡る。
自己嫌悪しながら便器に座っていると、突然トイレのドアが向こうからバタンと開けられた。独りだと思って鍵をかけるのを完全に忘れていた。
「カーズ様なのですか?! え? 女の子……?」
カリナの方を見て驚いた顔をしているのは、長い銀髪ストレートで美しい翠眼にメイド服を着たエルフとは異なる妖精族のルナフレアだった。
エデンの幹部には側仕えの世話役があてがわれる。彼女はカーズに仕えていたNPCであるが、今目の前にいる彼女はまるで本当の命を吹き込まれた一人の人間の様に感情が感じられた。しかし、今はそんなことを悠長に考えている場合ではない。
「貴女は誰ですか? ここはエデン王国騎士団長カーズ様のお部屋ですよ」
「あ、いや、俺、いや、私はカーズの妹のカリナだ。とりあえず事情を説明するから出て行ってくれ!」
あたふたしながら弁明すると、ルナフレアもここがトイレであると気が付いて我に返ったのか、「失礼致しました」と言いながらそそくさとドアを閉めて出て行った。
「はー、そういえばこいつがいたんだった……。しかもなんちゅう現場を見てくれてんだよ……」
溜息を吐いて処理を済ませ、居たたまれない気分でトイレを後にする。初めての女性体での経験が悪夢に変わった瞬間である。
外に出ると、申し訳なさそうに頭を下げたルナフレアが待っていた。キッチンの方からほんのりと料理の香りがする。さっき姿が見えなかったのはそういうことかとカリナは納得した。
「先程は申し訳ありません。カーズ様が帰還されたのだと思い込んで居ても立ってもいられず……」
「いや、確認しなかった俺も悪かった。許可されたとはいえ君がいることを完全に忘れていたから」
「いえいえ、それにしてもカーズ様に妹君がいらっしゃったなんて。そんなことは一度も聞いたことがなかったものですから」
それは当然である。本来何の関係もないサブキャラ、妹設定も先刻カシューが勝手にでっち上げたものに過ぎない。両者の間に何とも居心地の悪い空気が流れる。
「にしても、貴女の様な綺麗な女の子が「俺」なんて言ってはいけませんよ。折角こんなにも可愛らしい姿をなさっているんですから、丁寧な言葉遣いを心がけてくださいね」
「はぁ、善処します……」
気まずい空気が流れていたとき、入り口からアステリオンが入室して来た。
「忘れてました! ルナフレア、此方はカーズ騎士団長の妹君です。彼女は陛下の命令で此処に住んで頂くことになったのでお世話を御願いしま、す……?」
一瞬で奇妙な雰囲気を感じ取ったのか、彼の声は途中から上擦っていた。それでもこの空気を変えてくれた客人にカリナは心の中で感謝した。
「アステリオン様、そういうことでしたか……。承知致しました。それではこれからはこのルナフレアがカリナ様にお仕え致します。先ずは汚れた衣服を取り換えて……」
「ええ、お願いします。準備ができ次第、陛下の執務室に来るようにとのことですので。では私はこれで」
用件だけを伝えると、さっさと彼は退室してしまった。
「あ、あのー」
「はい、何でしょうカリナ様?」
「君のことは兄から聞いているよ。ずっと留守にして済まない。でもいつ帰って来てもいいように綺麗にしてくれていたんだな。兄に代わって礼を言わせて欲しい。ありがとう」
実際は本人なので胸が痛んだが、感謝の気持ちは本物だった。それを聞いたルナフレアの瞳から一筋の涙が零れる。
「ありがとうございます……。もうずっと会えないのかと思っていましたから、少しでも手掛かりが見つかって嬉しいです。カーズ様が帰還されるまで、貴女のお世話をしっかりと務めさせて頂きますね」
「そこまで思ってもらえているんなら、兄も喜んでいると思うよ。こちらこそこれからよろしくお願いするよ」
カリナは申し訳なさもあって頭を下げた。側仕えのNPCに実はこんな感情があったのかという驚きもあった。いや、今は本当に普通の同じ人間なのかもしれない。VAOに起きた変化はただのアップデートなどではないのだろう。
「それで、カーズ様は今何処にいらっしゃるのですか? 妹のカリナ様ならご存じではありませんか?」
やはりその質問が来るとは思っていたカリナは、何とか誤魔化そうと頭をフル回転させる。
「あ、いや、多分何処かで武者修行の旅をしてるんじゃないかな? 偶然再会したときにエデンに行って来いって言われただけだから、今は何処にいるのかまでは……」
「そうでしたか、さすがはカーズ様ですね。今もなお高みを目指して修行の旅を続けているのですか……」
嘘を吐いたことに罪悪感を感じたが、今のサブキャラの自分がカーズだとは言っても信じてもらえないだろう。そもそもこの状況でサブキャラとかメインキャラとか通じるのかも分からないからである。それでもカーズが生存していることの証拠にはなったのか、彼女の顔には安堵の表情が浮かんでいた。
「では、汚れた装備を洗濯しますね。この奥に浴場がありますので汚れを落として来て下さい。その間に着替えを用意しておきますから」
ルナフレアは笑顔でそう言うと、パタパタとキッチンに走って行った。料理の途中だったのを邪魔してしまったことをカリナは申し訳なく思った。
しかし風呂か、とカリナは思った。VRゲームの部屋の設定上そういうものが設置されているが、ゲーム中にプレイヤーが風呂に入ることなど基本的にない。装備もステータス画面上で切り替えれば瞬時に切り替わる。返り血で汚れるなんてことも今迄はなかったことである。だが今は明らかに現実である。
「はぁ……、覚悟を決めるかー」
長い溜息を吐いて、カリナは浴場へと進んだ。脱衣所で意を決して纏っていた装備に下着を一気に脱いだ。ゲーム時代には決して見えなかった乳房の先端までがちゃんとある。これは現実だと改めて理解した。そのまま衣服を備えられていた洗濯籠に突っ込み、浴場に突入した。
いきなり湯船に浸かるのはまずいと思い、シャワーを流して、置いてあったシャンプーやボディソープで身体を隅々までゴシゴシと洗う。だが女性の肌が繊細なせいで強く擦ると少々痛みがした。仕方がないので優しく洗う。そして長い髪は量が多く、洗うのも濯ぐのも手間がかかった。
漸く全身を洗い終えると、湯船に深く浸かった。髪を浸けてはいけないというのは何となく知っていたので、タオルを頭に巻いて髪の毛が湯船に浸からない様に注意した。
「はぁ、女子の風呂が長いはずだよ……」
カリナは人知れず女性の苦労を思い知った。独りで使うには広過ぎる湯船に浸かっていると、今まで緊張していた身も心も解きほぐされていくように感じられる。独りでスーパー銭湯を貸し切っているかの様な感覚は贅沢過ぎる。
うとうとしかけたところで、このままでは居眠りをしてしまうと思い、さっさと浴場を後にした。
「げっ……!」
全裸で脱衣所に出ると、ルナフレアと恐らくカシューが派遣して来たメイド部隊が待機していた。リボンやひらひらのレースが付いたゴスロリっぽい衣装を見せびらかして来る。カリナは一瞬で理解した。「あ、これは着せ替え人形にされる展開だ」と。
「キャー! 本当に可愛い! それに小柄だけどスタイルも抜群ね! これは着せ甲斐がありそう」
「あの厳ついカーズ隊長にこんな妹がいたなんてねー」
「だよねー、全然似てないわ!」
メイド達は好き勝手なことを口走りながら、カリナの全身をバスタオルで拭き、持って来た衣装を着せて来た。カリナは女性達のパワーに為す術もなくロリロリな衣装を着せられた。「もう、勘弁して欲しい……」カリナの心の叫びは虚しく霧散した。
「これで戦えるんだろうか……? スカートはまあ、そこまで短くはないけど。それとブーツはちょっとヒールが気になるかも」
着せ替えられた衣装はどう見ても一般冒険者が旅をする時に身に付ける装備には見えない。上から羽織った白いロングコートには袖や胸元にリボンやフリルがこれでもかと付いている。下着も上等なレースでできた物を身に付けさせられた。
「ご心配なく。これでもそこいらの冒険者の装備よりも格段に防御性能が高い一級品です。陛下が私達に機能とファッションを両立させた装備を生産するようにと仰られたので、我々は日々研鑽を怠っていませんからね!」
メイド部隊のリーダーのリアと名乗った女性が胸を張った。あいつは何をやっているんだとカリナは心の中で溜息を吐いたが、性能が良いのなら問題はない。置いていたソードと刀を腰に装備すると、まあ何とか一端の美少女冒険者に見えなくもない。
「良かったですね、カリナ様。これで何処へ出しても立派な淑女に見えます!」
興奮気味にルナマリアが言う。まあ彼女達が満足したのならそれでいいだろう。そのときは軽く考えていたカリナだが、その後新作が出来る度に着せ替え人形にされる運命をまだ彼女は知らなかった。
「は、ははは……、わざわざありがとう。助かったよ……」
カリナはそう答えるしかなかった。
◆◆◆ メイド隊が引き返して行ったので、ルナフレアの夕食を頂いた。カーズの好物を反映しているらしく、それは本人であるカリナの口にも勿論合うものだった。味覚も完全に現実世界のそれと変わらない。食べると満腹感を得られるのも通常はVRで体験できないものだった。「やはり妹君なのですね。カーズ様と好みが全く同じなのですから」
「あ、ああ、そりゃあね……」
すっかり時間が経ってしまったが、満足したカリナはルナフレアに見送られてカシューの執務室へと向かった。
ザルバディオ・カルマの消滅により、再び静寂が戻ったコロシアム。だが、それは恐怖による沈黙ではない。偉大なる勝利と、平和の到来を噛みしめる安堵の静寂だった。 舞台上の瓦礫が片付けられ、表彰式の準備が整う中、実況席から一人の女性が軽やかな足取りでレオン王の下へと駆け寄った。 実況のマグダレナだ。遠目には分からなかったが、間近で見る彼女の容姿は、自ら看板娘を名乗るに相応しい華やかさを持っていた。 艶やかなエメラルドグリーンのロングヘアが背中で揺れ、その肢体はイベントを意識した大胆な衣装に包まれている。身体のラインを強調する光沢のある黒いバニースーツに、引き締まった脚線美を際立たせる網タイツ、そして黒いハイヒール。 彼女は愛嬌たっぷりの笑顔で、魔法で増幅されたマイクを差し出した。「陛下! 会場のみんなに声が届くよう、これを使って下さい!」 レオン王は目を丸くし、豪快に笑った。「おお、これは気が利かなかったな。感謝するぞ、マグダレナ」 王はマイクを受け取ると、威厳に満ちた声を会場中に響かせた。「これより! アレキサンド剣術大会、表彰式を開始する!!」 王の宣言と共に、観客席からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。舞台中央。真紅の戦装束、バトルドレスに身を包んだアリアと、泥だらけになりながらも凛と立つカリナは王の前に進み出ると、恭しく片膝をつき、その言葉を待つ。 レオン王はまず、アリアへと視線を向けた。「先ずは女神アリア殿。その凄まじい強さと、最後に見せた悪魔退治……感謝してもしきれぬ働きであった。この国を、いや、世界を救ったと言っても過言ではない」 王は近衛兵が捧げ持っていた、豪奢な装飾が施された一振りの剣を手に取る。「優勝の約束として、かつてこの国の英雄が使っていた『聖剣ジュノワーズ』を授与する。受け取られよ」 アリアは立ち上がり、その美しい剣を受け取った。だが、その表情に高ぶりはなく、あくまで涼しげだ。「私は女神として、当然のことをしただけですよ。それに、この大会に出たのも、悪に立ち向かえる力のある人間がどの程度なのかを見定めるためでしたから」 悪びれもせず言い放つアリアに、レオン王は一瞬言葉に詰まり、苦笑する。「そ、そうか……。だが、この国を救ってくれたことは紛れもない事実。深く感謝する」 王が深々と頭を下げると、アリアはに
熱狂と興奮がピークに達した決勝戦。だが、その余韻を無惨に切り裂くように、禍々しい闇が舞台を侵食した。『な……何が起こっているのでしょうか!? 決勝戦が終わった舞台に、突如として黒い影が……!』 マグダレナの悲鳴のような実況が響く。観客達もパニックに陥り、悲鳴を上げて逃げ惑う者、恐怖で腰を抜かし立ち尽くす者で会場は瞬く間に混沌と化した。「悪魔だ……! 本物の悪魔が出たぞ!」「逃げろ! 魂を喰われるぞ!」 その混乱の中、解説席のレオン王が立ち上がり、声を張り上げた。『うろたえるな! 皆の者、落ち着け! まさか悪魔が直接乗り込んで来るとは……! だが、近衛騎士団、すぐに観客の避難誘導を! 決してパニックになるな!』 王の必死の呼びかけも、圧倒的な恐怖の前では力を持たない。カリナ達の貴賓席も騒然となっていた。「あれが……、災禍六公……?! エデンを襲撃した悪魔の一味よ!」 カグラが目を見開き、震える声で叫ぶ。彼女の脳裏には、カシューから聞いた情報が警鐘のごとく響いていた。エデンを襲撃した悪魔の一味。エクリアが禁呪レベルの破壊魔法で消滅させたと聞いた一体。それと同じレベルの存在が現れたのだ。 以前ガリフロンド公国で死闘を繰り広げた災禍伯メリグッシュ・ロバス。目の前の悪魔が放つプレッシャーは、その怪物に勝るとも劣らない。そんな絶望的な存在が、なぜこんな場所に現れたのか。カグラは戦慄を抑えきれなかった。「とんでもない力を感じるぞ……あの悪魔は……」 カーセルが顔を青ざめさせ、剣の柄に手をかけるが、その手は震えている。カインも歯を食いしばった。「おいおい、冗談だろ……? あんなのが幹部クラスだってのかよ……」「空気が……重い。息をするだけで肺が焼けるみたいだわ」 ユナが胸元を押さえて苦しげに呻く。テレサも怯えたように身をすくませた。「あんな禍々しい気配……初めてです……」 エリック達の席でも、同様の動揺が走っていた。「まさか、こんなところにまで単身で乗り込んでくるとはな……! 正気じゃねえ!」 エリックが脂汗を流す。隣のディードが耳を押さえてうずくまる。「嫌な音……。世界が悲鳴を上げている音がする……」 「団長……あいつ、私達とは次元が違い過ぎます……!」 テレジアも絶望的な表情で首を振った。 舞台中央。闇の中から
熱狂と興奮が飽和するコロシアム。 準決勝第二試合の衝撃的な決着から一息つき、休憩終了の鐘が高らかに鳴り響いた。 魔法マイクを握りしめたマグダレナが、震える声で告げる。『さあ、皆様! いよいよ、この大会のクライマックス! 決勝戦の幕が開きます! これまで無傷で勝ち上がって来た両者が、ついに激突します! 一体どんな戦いになるのか、私の実況では言葉が追いつかないかもしれません!』 解説席のレオン王も、深く頷きながら前を見据えた。『うむ。英雄と謎の女神……今ここアレキサンドで今、最も注目される二人の激突だ。決勝に相応しい、最高のカードと言えるだろう』 カリナ達がいる貴賓席。カリナが静かに立ち上がった。その背中を、カグラがぎゅっと抱きしめる。「カリナちゃん……気を付けてね。でも、あの余裕ぶっこいた女神の顔色、変えてきてやりなさいよ!」 「ああ。ここまで来たら、全力でぶつかるだけだ。ありがとう、カグラ」 カリナはカグラの手を握り返し、仲間達の顔を見渡した。 エリアが拳を突き上げる。「行けーっ! カリナちゃん! 私たちの分まで!」「おう! 頼んだぜ!」「カリナ嬢ちゃん、武運を」「カリナちゃん、頑張って下さい!」 ロック、アベル、セレナの声援。更にルミナスアークナイツの面々も声を張り上げる。「カリナちゃん! 僕達も全力で応援するからね!」「負けんじゃねーぞ! カリナちゃん!」「カリナちゃん、ファイト!」「頑張って下さい、カリナさん!」 カーセル、カイン、ユナ、テレサ。そしてケット・シー隊員も「隊長、応援するにゃー!」と叫んでいる。カリナは彼らに力強く手を振って応え、舞台へ足を進めた。 一方、アリアがいる貴賓席。アリアは優雅に髪をかき上げた。「ようやく決勝ですか。さて、カリナさんがどうくるのか、楽しみですねぇ」 余裕の笑みを浮かべ、彼女もまた舞台へと向かう。その様子を、エリック達が見送っていた。「……いよいよだな」「ええ。カリナさんの剣が、あの方に届くのか……見ものです」「人間離れした戦いになるでしょうね」 エリック、テレジア、ディード。彼らもまた、固唾を飲んでこの一戦を見守ろうとしていた。 二人の戦士が、まばゆい陽光の下へと現れる。『まずは、エデンが誇る特記戦力にして、ザラーの街を救った可憐な戦乙女! 召喚魔法剣士、カリナァァァーッ!
熱い興奮が渦巻くコロシアム。 準決勝第一試合の余韻が残る中、実況のマグダレナが魔法マイクを握り直し、高らかに声を張り上げた。『さあ、息つく暇もありません! 続いて行われるのは準決勝、第二試合! 決勝でカリナ選手と戦うのは、果たしてどちらの選手になるのでしょうか!』 エリック達が陣取る貴賓席。出番を控えたテレジアが、静かに愛剣の点検を終えて立ち上がった。その背中に、先ほど敗れたばかりの団長、エリックが声をかける。「テレジア、行けるか?」 「ええ、団長。……敵討ち、とはいかないかもしれませんが」 「バカが、俺のことはいい。それより……あいつは得体が知れない。気を付けろよ」 エリックの表情は真剣そのものだった。長年の勘が、対戦相手であるアリアの異常性を警告しているのだ。「ええ、分かっています。これまでも全て一撃、それも目にも止まらぬ速さで試合を決めて来た異常な存在……。心して、行ってきます」 テレジアは凛とした表情で頷き、扉を開けて舞台へと向かった。 一方、アリアが陣取る貴賓席。アリアは軽く屈伸をし、伸びをしていた。「んーっ……。さてと。今回は純粋に剣技のみでやりましょうかね」 彼女は誰に聞かせるでもなく独りごち、楽しそうに笑みを浮かべて舞台へと歩みを進める。『まずは、予選からここまで、全ての試合を一撃のもとに決着させてきた謎の美女! 自ら女神を名乗るアリア! その真紅の装備に、今度こそダメージが入ることはあるのでしょうかーっ!?』 観客の視線が一斉に注がれる中、アリアが優雅に手を振って登場する。その余裕綽々とした態度は、これから死闘に赴く戦士のそれではない。まるで庭の散歩にでも来たかのようだ。『対するは、先程のエリック選手と同じ、武大国アーシェラのAランクギルド『ドラゴンベイン・オーダー』所属! 氷の魔法剣士、テレジアァァッ!!』 対面から、一陣の涼やかな風と共にテレジアが現れる。 淡い水色のセミロングヘアが風に揺れ、氷のような青銀のライトアーマーが陽光を反射して輝く。青い膝丈のスカートと白いブーツが、彼女の可憐さと剣士としての凛々しさを引き立てていた。 その長い耳と整った顔立ちは、彼女が高貴なエルフであることを示している。腰には、細身のレイピアに近い片手剣が帯びられている。 解説席のレオン王が頷いた。『うむ。剛剣のエ
準決勝を控えた休憩時間。貴賓席は、先ほどの熱戦の余韻と、次なる戦いへの期待に満ちていた。中央のテーブルを囲むように、シルバーウイングとルミナスアークナイツの面々が集まっている。「ここからは、カリナちゃんを一生懸命応援するよ! みんな!」 敗退したばかりのエリアが、真っ先に声を上げた。その表情に暗さはなく、親友の背中を押す決意に満ちている。ロックがいつまでも食べているサンドイッチを握り拳で掲げた。「もちろんだ! がんばれよカリナちゃん! エリアの分まで頼んだぜ!」「うむ、健闘を祈る。相手は未知数の強敵だが、カリナ嬢ちゃんなら大丈夫だろう」 アベルも深く頷き、どっしりとした声でエールを送る。テレサは、どこか夢見心地な様子で頬を紅潮させていた。「はぁ……カリナちゃんの戦いに集中できるなんて……眼福です。あの流麗な魔法剣技、一瞬たりとも見逃せません」「そうだね。僕達も一生懸命応援するよ。カリナちゃんの勝利を信じてる」 カーセルが穏やかに微笑む。カインはニカっと笑い、背負った槍の柄を叩いた。「まあ、カリナちゃんが負けるところなんて想像がつかねーけどな!」「でも、油断は禁物よ。あの大剣使いも中々やり手っぽいわ」 ユナが少し真剣な顔つきで釘を刺す。テレサも頷き、言葉を継いだ。「そうですね。それでも、カリナさんが勝つところを見たいです。私達の希望ですから」「隊長が負けるわけがないのにゃ! 最強なのにゃ!」 足元でケット・シー隊員が胸を張り、ふんすと鼻を鳴らす。カリナは仲間達の温かい言葉に目を細め、力強く頷いた。「みんなありがとう。ベストを尽くすよ」 その時、カグラがそっとカリナに近づき、周囲に聞こえないよう小声で囁いた。「……相手がもし『PC』なら油断はできないわ。最初から思いっきりやってやりなさいよ、カリナちゃん」「ああ、油断はしないよ。一合打ち合えば、それだけでわかるだろうさ」 カリナは静かに闘志を研ぎ澄ませる。相手が自分と同じ領域にいる存在かもしれないという予感が、心地良い緊張感となって全身を巡っていた。 やがて、休憩終了を告げる鐘が高らかに鳴り響いた。『それでは、準決勝第一試合を開始いたします!』 マグダレナの声が会場の空気を引き締める。二人の戦士が、それぞれの貴賓席から舞台へと向かう。『まずは、エデンが誇る美少女召喚魔法剣
休憩時間。カリナ達がいる貴賓席では、和やかなティータイムが始まっていた。「次はカリナちゃんとの戦いかー。……やっとだね」 大会スタッフが用意した紅茶を一口飲み、エリアが不敵な笑みを浮かべる。その瞳は、親愛なる友に向ける優しさと、一人の剣士としての闘争心が入り混じっていた。「ああ。楽しみだな、エリア」 カリナもまた、カップを置いて微笑む。言葉数は少ないが、その瞳の奥には静かな炎が燃えている。 そんな二人を見て、カグラが胸を張った。「ふふっ、覚悟しなさいよエリアちゃん。私の妹分は強いわよー?」 「それはもちろん知ってますよ、カグラさん。ずっと間近で見て来ましたからね」 エリアはニッと白い歯を見せる。「でも、勝つ気でいきます! カリナちゃんが強いのは百も承知。だけど、私もシルバーウイングの副団長として、簡単に負けるわけにはいかないのよ!」 「おう、威勢がいいこった! まあ、一太刀入れられたら十分だと思ってるけどな!」 ロックがサンドイッチを頬張りながら茶化すと、アベルも深く頷いた。「ああ。あのカリナ嬢ちゃんだ。勝つのは至難の業だろう」 「エリア、貴方の剣技の冴えならいい勝負になると思いますが、カリナちゃんのあの冷徹なまでの先読み……あれを崩せるかどうかですね」 セレナが頬を紅潮させながら、どこか楽しげに分析する。「もうっ! アンタ達、同じギルドメンバーなのに酷いわね!」 エリアが頬を膨らませると、全員がどっと笑った。その温かい笑い声に、ルミナスアークナイツの面々も加わる。「はは……僕もカリナちゃんには手も足も出なかったけど、エリアさんには期待してるよ」 カーセルが苦笑交じりにエールを送る。「そうよエリアちゃん! カリナちゃんは強過ぎるからね。一太刀入れれば実質勝ちみたいなものよ!」 「ああ。あの反応速度と技のキレは異常だ。エリア、気合入れてけよ!」 ユナとカインも、カリナの強さを認めた上でエリアを鼓舞する。テレサは穏やかに微笑み、二人を見比べた。「でも、勝負は時の運もありますから。どちらが勝つにせよ、素晴らしい試合を期待してます」 「ありがとう、テレサの言う通りだな」 カリナとエリアは顔を見合わせ、頷き合った。 ◆◆◆ 休憩終了の鐘が鳴り響く。『さあ皆様、長らくお待たせいたしました! これより三回戦、準々決勝の第一
コロシアム上空に浮かぶ太陽が、白熱した午前の試合を終えた戦士達を労うように、柔らかくも力強い日差しを降り注いでいた。 一般席とは隔絶された、選手とその関係者のみが入ることを許された貴賓席。舞台が良く見えるそのスペースには、大会運営のスタッフによって豪華な食事が所狭しと並べられている。 張り詰めていた試合の空気はふっと緩み、シルバーウイングのギルドメンバーやルミナスアークナイツの面々、そしてケット・シー隊員達を交えた、和やかなランチタイムが既に和気あいあいと繰り広げられている。「いやあ、午前中の試合も見応えあったな! 特にカリナちゃん、初戦の相手を凄い動きで翻弄しちまうんだから、見てて
精霊の塔・最上階。 石床は砕け、空気は灼け、カリナの呼吸は荒くなっていた。剣を振るうたび、腕に重くのしかかる衝撃。魔法剣士として精霊と呼吸を合わせることができない純粋な剣技だけでは、それを振るう悪魔の膂力の前では分が悪すぎる。「くっ、はぁっ……!」 アグノス・レギウスの大剣が、横薙ぎに唸る。受け止めきれず、カリナは後退する。衝撃を殺しきれず、床に深い溝が刻まれる。一撃一撃が、確実にカリナの命を削りに来ていた。「終わりだ、召喚士カリナ。その剣では、ここまでだ」 アグノスがトドメの構えに入る。もはや回避も防御も間に合わない距離。絶望的な質量が頭上から迫る。 その瞬間―― カラ
精霊王の姿が消え、最上階に静寂が戻った。 だが、今のカリナが纏う空気は、塔に来る前のそれとは明らかに異なっていた。肌は内側から発光するように透明感を増し、その身に纏う魔力はどこまでも清浄で、かつ濃密だ。「……すごいにゃ、隊長」 物陰から恐る恐る出てきた隊員が、カリナを見上げて目を丸くした。「なんかこう、ピカピカしてるにゃ。神様みたいにゃ。近くにいるだけで身体の奥から元気が湧いてくるにゃ!」「ふふ、そうか? 自分ではあまり分からないが……確かに、身体は羽が生えたように軽いな」 カリナは自身の掌を見つめ、握りしめた。 精霊達の声が、五感を通してダイレクトに響いてくる。風の
「そろそろ彼らは遺跡の悪魔と遭遇した頃でしょうか?」 ルミナス聖光国教会。女神像の前で祈りを捧げる一人のシスターが、遠い戦場に想いを馳せて呟いた。「そうかもしれぬな。先程から街を包む空気が重く淀んでいる。……お迷いですか、サティア様」 問いかけに答えたのは、神父長のマシューだ。長い髭を蓄えた威厳ある老人だが、彼はまるで母に接するかのように、変わらぬ敬意を込めて「様」をつける。100年もの間、姿を変えずにこの街を見守り続けてきたPC、サティア。老いることのない奇跡の存在。この世界の住人には、彼女は生ける伝説として映っていた。「ええ……。カリナさんは強い人です。私などがいなくても、きっと